2008年09月05日

入院3日目(CCU)

6:00 入院3日目の朝を迎える。

昨夜よりぐっすりと眠れた。特に、夜の看護士さんが足の固定を対角線上にしてくれて、半うつ伏せ状態にしてくれたので、腰への負担が軽減されてよく眠れた。感謝まる

7:30 朝食はパン食食パン。トーストしてもらったが、味がない。聞いてみたら無塩食パンといって塩を使っていないパンらしい。まあ食べられるだけ良いかと思い、完食する。

午前中に回診があり、今日午後バルーンポンプをはずすことを説明される。やっと足が動かせる。腰の痛みから解放される安堵感で一杯。

14:30 2~3名の先生がCCUへ来て、いよいよバルーンポンプを外す作業にとりかかる。足元での作業のため何をやっているかは見えない。ただギリギリという何かを巻き取っている音だけが聞こえてくる。何も話さずこの作業が続くのでこちらも少し緊張してくる。しばらくすると「少し痛いですよ。」と声をかけられ、その後に痛みが足に走る。最後に、足の血管を塞ぐ作業をしたらしい。これが腰の痛みを除けば、入院してから一番痛かった。これで足も開放され、やっとベット上で自ら寝返りをうつことができる。

20:00 夕食後に男の看護士さんが来て、「ベットの背中を上げてみましょう。」と言ってベッドの背を起こしてくれた。久しぶりに起きたので、少し頭がぼーっとするが、視界が広がり起きられたことに感動する。

リハビリも兼ねて、しばらく起きていてくださいと言われ、3日ぶりに新聞にも目を通す。麻生総裁選への記事が踊る新聞を読み、上体を起こしまま小一時間を過ごす。

やっと今宵は寝返りを自分でできる安堵感を持ちながら眠りに入る。おやすみなさい。寝る


 

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2008年09月04日

入院2日目(CCU)

あまり熟睡はできず入院2日目の朝を迎える。
とにかく腰が痛い!寝返りができない辛さを改めて実感する。

CCU内でベッドに横たわり、手には点滴、鼻には酸素吸入、足にはポンプ、胸には心電図の端子とコードだらけの状態。起き上がることもできず、取り合えず寝たまま歯磨きだけする。

何もできない不安が募るが、午前中に会社の同僚Uさんがお見舞いに来てくれる。出張中に一緒だったので、チューブだらけの様子に少し戸惑っていたが、顔色が戻っていること、意識があることに安心してもらった。

この日、昼食ごはんから食事が始まる。なんと寝たまま食べろとのことで、ごはんはおにぎりになっていたが、寝たまま食べるとやはり食べづらい。久しぶりの食事ということ、まったく動いていないのでおかずは全部食べたが、おにぎり2個のうち1個だけしかのどを通らなかった。でも久しぶりの食事はとても美味しかった。。(*食事は減塩&コレステロール制限食でした)

午後、妻の面会に合わせて、循環器科の主治医S先生から症状についての説明があった。昨日同様、病名は「急性心筋梗塞」。血液検査の結果からも明らかとのことでした。また、コレステロール値が高いので、投薬及び食事制限をしばらく実施するとのこと。

<主治医からの主な説明>
 ?カテーテル治療は昨日できなかった
 ?3本ある心臓冠動脈のうち、1本は完全に詰まっている
 ?残り2本も狭窄が認められる 
 ?症状が落ち着いたら心臓冠動脈バイパス手術を検討する
 ?発症後48時間は合併症の可能性が高いので絶対安静
 ?現在動脈内バルーンで心臓の動きを助けている

自分が思っていたより重症だ。。
だが、ここまで意識を失うことなく、命拾いしたことに本当に安堵する。

しばらくは、おとなしくCCUで静養しようと覚悟を決める。夕食ごはんもやはりごはんは半分しか食べられなかった。CCUの雰囲気にも慣れてきて(完全介護の個室)、ゆっくりと休むことができた。

まずは、バルーンポンプが着いているため、右足が固定され、起き上がることもできない状態なので、右足固定を一日でも早く解除されたい。本当に起きていても腰が強烈に痛くなる。悲しい



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2008年09月03日

心筋梗塞・緊急入院!


心筋梗塞
の発症は突然でした。

昨日(9/2)は、名古屋・大阪と出張中。昼間はまったくその気配さえありませんでした。

ところが、夜(PM7:00頃)名古屋での夕食時、気持ちが悪くなり、胸が締めつけるように痛い。呼吸は苦しくないが、変な冷や汗が止まらない。。。8月末に不幸があり、久しぶりの仕事で疲れてるのかと思い早めに切り上げる。その後大阪へ移動してホテルにチェックインし横になる。しかし、明け方まで重苦しくて眠れない状態が続く。(思えばこの時、心筋梗塞を発症していました。。病院

翌朝(AM8:00)、大阪からすぐ東京へ戻ることにする。
なんとなく心臓系の病気かなと思いながらも、早く東京へ戻りたい、大阪で入院する訳にはいかないという気持ちから、伊丹空港までタクシーで行き、飛行機で羽田へ戻る。さすがに、胸は苦しくはないが、冷や汗が出た。困った

羽田から会社の近くに戻り(AM11:00頃)、病院へ直行。たまに行くS病院で診察と心電図を取られる。先生は、心電図を見て「ちょっと気になるので別の病院で確認する。」と説明され、しばし待機。結果は、「心筋梗塞の疑いあり。SC病院の緊急外来を予約したので至急タクシーで行って」とのこと。なんか大事になってきた。。


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SC病院緊急外来へタクシーで行くと(PM1:00頃)、医療ドラマに出てくるような4~5名の医者に囲まれ、即ベット上のひととなる。衣服もすべて脱がされ、名前、年齢、発症状況、身長、体重など色々な質問などが矢継ぎ早に来る。その間にも、血液検査、尿検査、レントゲンなど寝たままの状態で診察が続く。この時点で症状は急性心筋梗塞と告げられ、即入院、即検査、場合によっては即手術との話をされる。寝たままの状態で、カテーテル検査カテーテル治療について説明、インフォームドコンセントを受ける。その場で手術承諾書にサイン。あっと言う間の出来事でした。

心臓血管造影検査室に先約があるようで、検査・手術は夕方になると説明があり、家族へ連絡するように依頼される。(そんなに悪いのか・・・)
携帯電話の使用が許され妻へ連絡する。本人が話しているので、誰が入院したのか要領を得ない状況。緊急外来の先生が電話を替わってくれて、状況を説明してもらう。

一旦応急処置と検査が終わり、点滴、酸素吸入をしたまま
ICU(集中治療室)でしばらく待機する。やっと静かにベッドに横たわり落ち着く。この間、看護士さんに入院についての簡単な説明。しばらく安静にして起き上がらないで、ゆっくりとしてくださいと指示され、ひと息ついてしばし眠りにつく。「あぁ、入院か~」と諦めモードにやっとなる。悲しい

夕方(PM5:00頃)、これから検査に行きますと声掛けられ、ベットからストレッチャーへ移り、検査室へと運ばれる。2Fの心臓造影検査室へ入り、部分麻酔を足の付け根に行い、カテーテル検査開始。痛みはまったくなく、先生の声も良く聞こえる。時々、左を向いてとか息を止めてなどの指示があり、程なくして静かになる。検査をしていた先生から、「現在作戦会議中なので、そのままお待ち下さい。」との説明。

気になる。どんな状態なのか?ふと左側を向くと、心臓血管の映像が映っている。「どうですか?」と恐る恐る聞いてみると、「やはり詰まってます。今どうするか決めてます。」とのこと。この日結局、カテーテル治療はできず、
大動脈内バルーンポンプ(IABA)を装着しCCU(冠動脈疾患集中治療室)へ移される。CCUは、心臓冠動脈疾患専用の集中治療室で一人部屋であった。

CCUへ戻ると(PM7:00頃)妻が入室。検査に時間がかかったので家族控室で待たされたらしい。やっと妻と対面して無事なのを確認し少しホットした様子。今日の経過をひと通り説明する。また、会社や両親への連絡をお願いする。入院手続きは、今日は遅くなったので明日するらしい。とりあえず、入院で必要なもの(お箸とかコップなど)を依頼し妻帰宅。たまたま、出張帰りのため、歯ブラシとか洗面道具を持っていたのはラッキーだった。

寝る前に、先生から絶対安静(寝たまま)・絶食(点滴で栄養補給)・右足固定(手術前に説明されたこと思い出す)を再度指示される。「寝返りをしたいときは、看護士をナースコールで呼んでください。」この言葉の重さは、夜になって実感することになる。動けないと腰に負荷がきて、本当に痛くなってきます。自分で向きを変えることもできず、1時間おきぐらいにナースコールを押してました。

メタボなおじさんが心筋梗塞を発症して、緊急入院に至った一日がこうして終わりました。とにかく命拾いをして、これから治療回復をする長い闘いの始まりとなります。
寝る




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